新鋼種「NSSC 2120®」開発計画
業界の常識に、真っ向から挑んだ技術者たち。
2011年に誕生した、新型二相ステンレス鋼「NSSC 2120」。2015年には「日本ものづくり大賞・経済産業大臣賞」を受賞し、現在、順調に世界に普及しはじめているこの新鋼種は、圧倒的な世界シェアを持つ海外メーカーのステンレス汎用鋼の牙城を切り崩すべく、研究・開発が始動した。そのプロジェクトは、まさに業界の常識、モノづくりのセオリーとの闘いだった。
商品開発
江目 文則
厚板商品開発Gr
上幹主幹(部長)
1990年入社/金属加工学科 修了
操業
渡邉 宏章
製造本部八幡製造所
厚板技術室 主幹
2007年入社/生産システム工学科 修了
研究
及川 雄介
厚板・棒線材料研究部
主幹研究員
1987年入社/物理学科 修了
研究
川 真知
厚板・棒線材料研究部
主幹研究員
2011年入社/理学研究科 修了
Q:新鋼種の開発がどのようにスタートしたかを教えてください。
及川:新鋼種の研究開発は、クライアントや本社・操業から依頼されて研究をはじめるケースと、研究部門が自ら研究テーマを考えて進めるケースがありますが、「NSSC 2120」はまさに後者でした。二相ステンレス鋼は、組織の異なる組織を持つ2つのステンレス鋼を混合して製造するものであり、それ自体は以前から作っていたのですが、耐食性・強度は抜群なものの、溶接がしにくく、製造性に欠け、コストも高くなる。しかし、改良を重ね、世界に通用する日鉄ステンレス独自の新鋼種を作りたいと考えたのです。
江目:商品開発部でも、世界で圧倒的なシェアを持つステンレス鋼である、海外メーカーの汎用鋼に対抗しうる製品を探していました。海外メーカーは物価や人件費が安いため、価格勝負になると難しい。単価では勝てないが、強度に優れたステンレス鋼であれば、クライアントは従来より少量のステンレスで製品の耐久性を上げることができる。そこにニーズがあると思ったのです。
Q:研究・開発・製造時に特に大変だった点を教えてください。
渡邉:プロジェクトを通して、大変なことばかりでしたよね(笑)。
及川:まず、研究フェーズでは、どんな元素をどれぐらい使用するかの洗い出しからはじめました。これまでの常識では二相鋼では、窒素を入れることで溶接性が高まるとされ、とにかく窒素を大量に使用することが常識でした。しかし、そこを疑い、他の元素のバランスの中で窒素の量・入れ方を調節。地道に検証を重ねる中で、ベストな配分を見つけていきました。
渡邉:最初に研究チームから「NSSC 2120」を引き継いだ時、「なんだこりゃ?」と思いました。工場の設備は、一相鋼を製造することをメインで組み上げられていましたが、「NSSC 2120」は強度も、耐食性も高いので、製造・加工が困難になる。鋼種の性能の高さが生産の現場においては、仇になりました。一相鋼用の生産ラインを二相鋼用にすることも苦労しましたね。設備変更は最低限にしなければ、製品の価格にも支障が出るため、特に頭をひねりました。また、厚板の製造過程で窒素の気泡が発生し、割れてしまう問題が発生。通常なら設備投資で解決する問題ですが、操業条件に様々な変更を加え、解消することに成功しました。
川:薄板の方でも割れや傷が発生しており、研究部門で調査を進めました。どの元素が問題に影響を及ぼしているか…。それを調べていく中で、これまでのセオリーとは違う元素が影響していることを発見し、症状を抑えることができました。
及川:長く研究を続けていくと、どうしても常識にとらわれ、先入観をもって考えてしまう。川さんや渡邉さんのように若い技術者たちのフレッシュな頭脳から生まれた新しいアイデアが、「NSSC 2120」の誕生には不可欠でしたね。
Q:製品の完成後と今後の展望を教えてください。
川:製品完成後も社内では「本当に売れるのか?」という声が多かった。性能は良くても、すでに世の中には圧倒的なシェアを保持する汎用鋼が存在する。そこに食い込んでいけるのか、疑問に思っていた人は多かったと思います。
江目:実際、クライアントに提案しても、反応は同じようなものでした。製品の良さは分かってくれるものの、使用された実績がまだないため、どのメーカーも利用することに慎重になっていた…。そこで、クライアントのモノづくりに踏み込んで、お客様の製品の構造設計をして、「これだけコストが下がりますよ」とイメージを持っていただけるようにしました。設計に関しては素人でしたが、勉強して、見よう見まねで作りました。とにかく及川さんや川さん、渡邉さんたちが作り出したこの製品の素晴らしさを何とかして伝えたいという一心でした。そうする中で、受注が決定。一社決定後は勢いがつき、現在は海外からも問い合わせをいただくまでになり、世界における影響力も急速に高まっています。
渡邉:操業部門でも調整を重ね、最終的には現在、世界シェア1位の汎用鋼よりも単価を抑えるまでに、生産効率を上げることに成功しました。ここまで効率的に二相ステンレス鋼を作れる会社は、世界でも稀有だと思います。
江目:「NSSC 2120」は高い強度を誇るため、お客様はステンレスの使用量を減らし、薄くできる。例えば、ダムの水門であれば、水門を稼働させるモーターも低出力化できるし、耐震性も向上するし、全体を支えているコンクリートのスペックも落とすことができる。かなりの予算削減になるわけです。これまでインフラ分野には、高価なステンレス鋼はほとんど入り込めず、鉄の領域でしたが、「NSSC 2120」はそんなインフラ分野でも活用されはじめています。
川:このプロジェクトを通して、ステンレス鋼の持つ可能性を、僕たち自身も再認識できましたよね。
及川:研究、操業、そして、商品開発部も前例がない方法を模索し、「NSSC 2120」は世の中に送り出された。そうして今、業界内のステンレスに関する常識を変えていこうとしている。このプロジェクトは、まさに現状を打破しようと挑戦を続ける日鉄ステンレスの姿勢を体現したものと言えますね。